脂肪注入豊胸とは、簡単に言えば吸引した脂肪(採取脂肪)を材料に用いて行う豊胸手術です。
メリットは、何と言っても仕上がりの柔らかと自然さです。適切な手術を受ければ、誰が見ても、誰が触っても(大きくなった)ご自身の胸そのもののような仕上がりになります。シリコンバッグ(乳房インプラント)豊胸やヒアルロン酸豊胸の場合、触ったときにどうしても硬く、冷たく感じてしまいます。これは挿入物が自分の組織ではなく(悪く言えば異物)、血流も無いためです。
デメリットは、シリコンバッグ豊胸のように、1度の施術で確実なサイズアップが望めないこともあり得るということです。また、当然ながら手技(技術)レベルが低ければ、大きな“しこり”になったり、脂肪が定着しなかったりといったトラブルが生じ得ます。脂肪採取部位が不自然で汚くなってしまうリスクも、無いわけではありません。
今回は脂肪注入豊胸の基礎、正しい知識(方法、経過、ダウンタイムなど)を詳しくお伝えするとともに、どうすれば脂肪注入豊胸のトラブルを回避できるかについても解説したいと思います。
脂肪注入豊胸のための下準備
麻酔を打つ
当院の場合、点滴の静脈麻酔をベースに、注射型の局所麻酔(医学的にはチュメセント麻酔といいます)を併用して行います。ゲストの感覚的には、まず点滴で眠り、眠っている間に局所麻酔と手術が行われ、目が覚めたら手術は終わっている、といったところでしょう。よって、術中に痛みを感じることは皆無です。(施設によっては、背中に細い管を挿入する硬膜外麻酔を併用しますが、管を通す際、かなり痛みを感じることがあります)。
脂肪吸引(脂肪採取)を行う
脂肪注入豊胸を行うにあたり、脂肪吸引(脂肪の採取)は必須です。したがって、脂肪吸引の技術力も最終的な仕上がりを左右する要因の一つです。
実際には、麻酔で眠った後、目立たない場所を数ミリ切開し、その穴に直径3~5mmの細い管を挿入して吸引(採取)していきます。
脂肪採取する場所に関しては、基本的にはゲストのご希望にお応えしますが、医学的な検証を踏まえると、太腿やお腹、腰といった場所から採取するのが良いと考えられています1)2)。
脂肪吸引(採取)のメリットは、自分で運動しても落ちない脂肪を確実に吸引できること。例えば腰に付いた脂肪の“乗っかり”は要らない脂肪の代表です。
私の場合、ウエストを細くして、太腿の出っ張りを無くし、綺麗なラインにしつつ脂肪採取することが最も多いです。過去に脂肪吸引した経験をお持ちの方であれば、腹部や二の腕といった場所から採取します。もちろんその際も、しっかり綺麗なラインを作ります。
【脂肪吸引のデザイン例】
このゲストからは、大腿の横張、ヒップに乗っかった腰の脂肪を採取しました。臀部の下の支え部分を吸引するとお尻が下がってしまうので要注意です。
2016年 The Pan-Pacific Surgical Association Meeting 大橋発表スライドより引用
脂肪注入豊胸に用いる脂肪を加工する
脂肪は、吸引したそのままの状態よりも、多少加工して注入したほうが効率的です。そうすることで定着率が高くなり、採取した大切な脂肪を無駄にせずに済みます。脂肪吸引で集めた脂肪には、健全な脂肪細胞や、定着に有用な脂肪幹細胞の他にも、脂肪注入に向いていない(壊れた)脂肪細胞、赤血球そしてオイルや麻酔液等、不要な物質も多く含まれるのです。
不要物は、注入された脂肪が体内でエネルギーを得る際の妨げになるので、できる限り排除しておく必要があります。もし、壊れた脂肪細胞、オイル、麻酔液など、不要な物質が多く含まれると、若くて活きの良い良質な脂肪細胞が定着するスペースが失われ、それらが生き残りにくい環境になってしまうのです。このことは、医学的にも証明されています3-4)。こうしたことから、吸引脂肪をそのままの状態で注入するのではなく、脂肪注入する前に“脂肪を遠心分離加工”することが望ましいと考えられています。
なお、注入脂肪の定着率を高めるには、元気な(健全な)脂肪の他に、脂肪幹細胞(脂肪細胞になる前段階の脂肪:ASCs)が豊富に存在することが望ましいです。事実、脂肪幹細胞の密度を高くすることで、注入脂肪の定着率はより一層高まることが分かっています5-8)。
さて、その加工法ですが、実際にはどんな方法があるのでしょうか?以下で具体的にお示しします。
ピュアグラフト豊胸
採取した脂肪を、フィルターと水(ラクトリンゲル液)を介して不純物(オイルや赤血球)を排除する方法です。作業が容易であることが最大のメリットですが、遠心分離していないため、単位体積当たりの脂肪幹細胞、元気な脂肪細胞の密度は下記のSVF(非培養幹細胞)豊胸やコンデンスリッチファットに劣ると考えられます。なお、この方法でバストアップ可能なサイズは0.5-1.5カップです
SVF(非培養幹細胞)豊胸
医学的にはCAL(Cell-Assisted Lipotransfer)と呼ばれ、吸引脂肪に脂肪幹細胞(正確にはSVF:Stromal Vascular Fraction)を添加する方法です。具体的には、採取脂肪の一部を脂肪幹細胞作成用に使います。脂肪幹細胞をコラゲナーゼで分離した後、脂肪幹細胞(SVF)のみ分離し、残りの脂肪に添加するものです。難点は、採取から注入までの時間が長くなってしまう事。コラゲナーゼ(ケミカル)を使って脂肪幹細胞の分離を行うにはある程度の時間が必要なのですが、その一方で、元気な脂肪は時間が経つほど減ってしまうのです9)。この方法でバストアップ可能なサイズは1-2カップ程度と考えられます。よく美容外科で提供されているのがセリューション豊胸です。
コンデンスリッチファット(CRF)豊胸
荷重遠心分離で、役に立たない脂肪やオイル、水分、麻酔液を排除し、定着に必要な元気な脂肪細胞と脂肪幹細胞を濃縮(コンデンス)します。荷重遠心分離とは、採取した脂肪に特殊なおもり(ウェイトフィルターといいます)を乗せた状態で遠心分離をかける特許技術です。こうすることで、直径の大きな脆弱な細胞を壊し、脂肪幹細胞の密度を高めます。バストアップ可能なサイズは、1-2カップです。→参考サイト
日本人に適した加工方は?
SVF(非培養幹細胞)豊胸は、多くの脂肪が必要になる事(脂肪幹細胞に使った脂肪は破棄となる)から、脂肪量が少なく、痩せた方が多い日本人には不向きだと考えます。こうしたことを踏まえ、私(執筆者)はコンデンスリッチ豊胸を好んで使っています。
(また、当院の場合、脂肪幹細胞を添加したい場合、ケミカルでない方法で脂肪幹細胞を濃縮したマイクロCRFを追加するオプションもあります。)
脂肪注入豊胸 術後の経過(ダウンタイム)
脂肪採取範囲によりますが、脂肪採取部位の痛み(筋肉痛のような感じ)は1週間程度で収まります。これに対しては、内服薬(痛み止め)で対応可能でしょう。当クリニックのスタッフの中にもコンデンスリッチ豊胸の経験者がおりますが、ほとんどのスタッフは手術翌日のみの休みで仕事に復帰しています。外見的には、胸や脂肪採取部位の内出血や腫れが1-2週間程度。よって温泉旅行などは2週間くらい、ビキニでの撮影などは術後一か月以降が無難と答えています。
脂肪注入豊胸に関して、よくある6つの質問
ここでは、当院のゲストからよくいただく質問についてお答えしたいと思います。是非ご参考になさってください。
質問①:脂肪注入豊胸によって、乳がんのリスクは高くなる?
医学的な統計から、無いと考えられています。
下記グラフは、乳がん手術後脂肪注入した群と、乳がん手術後脂肪注入しなかった群、そして癌でない乳房に脂肪注入した群3群を、30年以上の長期間にわたってフォローアップし、がんの発生(再発)回避状況を比較検討した研究の結果です。結果は、これら3群間に有意差はありませんでした。つまり、脂肪注入豊胸を行ったからといって、がんになりやすくなるわけではないということが明らかになったのです。こうした大規模のコントロールスタディー(統計学的に信頼度の高い解析)で、脂肪注入豊胸と乳がんのリスクとの関係が否定されたことは、安全性の大きな担保になります。
Steven J. Kronowitz, Cosman Camilo Mandujano, Jun Liu, et al. “Lipofilling of the Breast Dose Not Increase the Risk of Recurrence of Breast Cancer: A Matched Controlled Study” Plast. Reconstr.Surg. 137: 385, 2016. より引用
同様の報告は、他にもあります。下記の論文の記載内容を簡単に要約すると、“脂肪注入による豊胸は、健康女性に対する豊胸単独や、乳がんに対する乳腺全摘手術だけでなく、従来の乳腺部分切除後の注入に対しても腫瘍学的に安全である”というものです。腫瘍学(オンコロジー:癌などの学問)的に安全だと言われると、私たちも安心して手術に臨めます。
Brenelli F, Rietjens M, De Lorenzi F, et al. Oncological safety of autologous fat grafting after breast conservative treatment: A prospective evaluation. Breast J. 2014;20:159–165.より引用
質問②:痩せ型で脂肪が少ないと脂肪注入豊胸はできない?
コンデンスリッチ豊胸は比較的痩せ型でも脂肪を無駄にしない方法ですので、脂肪採取技術がしっかりしていれば、よほど瘦せ過ぎではない限り問題ありません。当院の場合、脂肪吸引(=採取)を得意としていますので、他院で断られたケースも多く行っています。
質問③:脂肪注入豊胸は、バストの皮膚の伸びが良い人が向いてる?
確かに皮膚の伸びが良いほど安全に脂肪注入可能な量が増えますので大まか正しいです。皮膚の伸びが悪いと、すぐに乳房内圧が高くなり、血流が悪くなります。つまり、多く注入できなくなるのです。内圧が高くなるとなぜ注入できないかというと、しこりになる可能性が高くなるからです11)。
ただし、皮膚の伸びが悪くても最近ではBRAVAという皮膚を伸ばす技術が開発されています。また、2回にわけて注入することで大きくするといった方法もあります。これは1回目の脂肪注入豊胸で皮膚が伸びた分、2回目に注入するためのキャパシティができるからです。
【BRAVAで皮膚、皮下組織のキャパシティを増やした際のイメージ図】
(キャパシティが増えることで注入脂肪が快適に過ごすことができるようになり、それによって定着率も上がると考えられる。)
大橋昌敬:第104回美容外科学会スライドより引用
質問④:脂肪注入豊胸後、しこりや石灰化することがある?
脂肪の注入技術が未熟だと、いくら良質ま脂肪(CRFやCAL)を注入しても、大きなしこりや石灰化が生じ得ます。事実、当院のしこり外来には、他の施設で受けた脂肪注入豊胸後に生じたしこりの除去を求めて、数多くのゲストが来院されます。
しこりを作らない方法は、入れ過ぎを避けること12)。また、注入時は脂肪の直径を小さくし、細く長く麵状に注入することです。
→関連情報
【注入脂肪量とその生存状況の関係】
(キャパシティを超えて一度に多くの脂肪を入れ過ぎると、脂肪は壊死に陥るという示している。)
Khouri RK., Rigotti,G., Cardoso E., et al. Megavolume Autologous Fat Transfer: Part I. Theory and Principles. Plast. Reconstr. Surg. 2014;133:550より引用
質問⑤:脂肪採取部位が凸凹になる事がある?
残念ながら、脂肪吸引の技術がしっかりしていないと、凸凹やたるみ、アンバランスなボディラインといった、残念な結果になってしまします13)。当院の外来で、修正希望で多いのが、大腿の前側、外側の凸凹、ヒップの下を吸引されお尻が垂れてしまったといったケースです。当院は、他院の失敗修正も積極的に受け入れておりますので、そういった点でもご安心いただけるかと思います。
質問⑥:脂肪注入豊胸で、注入脂肪の定着率を上げるには?
脂肪注入豊胸の定着率を上げるには脂肪を細かく細く、多くの層(皮下、乳腺下、大胸筋内、大胸筋下)に満遍なく注入することが最も大切です。もちろんその際には、CRFのように質の良い脂肪を使用することが望ましいでしょう。
大橋昌敬, 日本美容外科学会誌 2011; 第47巻:111-118 より引用
まとめ
脂肪注入豊胸は医学的な研究が進んでおり、今では“自然で柔らかい胸”を作る手段としては第一選択になってきたといっても過言ではないと思います。しかしながら、脂肪注入豊胸は決して容易に習得できるテクニックではありません。長年の経験と熟練した技術、そして最新の知識をもって行わないと、しこり、脂肪吸引部の凸凹等のトラブルに容易につながる手術です。
これから脂肪注入豊胸を考えている方々には、ぜひ、上記の基本的な知識を学んでカウンセリングを受けて、適切な手術を受けていただければと願っています。